「法」という、漢字が気になったきっかけは、上野にある東京国立博物館の特別展の「法然と極楽浄土」を見学した時に、「法然」の「法」というものでした。

先日北海道で会った同級生の住職が、わざわざ北海道から、この「法然と極楽浄土」の特別展の見学に行くというので、地元上野の私は優先して、率先して見学してきました。

法然上人が浄土宗を開いてから令和6年(2024年)は850年目にあたります。

「南無阿弥陀仏」と唱えれば、極楽浄土へ往生することが出来るとの浄土宗の教えは、法然上人が生涯をかけて広めた教えです。

法然上人は、美作国(みまさかのくに)、現在の岡山県に生まれ、比叡山に登り、自身の煩悩を断ち切る方法を求め、修行と勉学に励んだとされている。

仏教の三宝とは、聖徳太子が「十七条の憲法」のなかで、「篤く三宝を敬え」とあり、この三宝とは、「仏.法.僧」ですが、仏とは仏陀、法とは仏陀の教え、僧とはそれを信じ実践する人々の集まりの三つです。この場合の「法とは仏陀の教え」です。

「法然と極楽浄土」の特別展を見学した翌日に、野尻湖でキャンプに行き、見学に行ったばかりのときでもあり、夜明けに野鳥の鳴き声で目を覚ましましたが、この野鳥は何かと考えていたら、「ブッポウソウ」という名前が浮かびました。昔の人は仏(ブツ)、法(ポウ)、僧(ソウ)と聞こえたからという説があるので、鳴き声がブツポウソウと聞こえるかと注目していたが、ブツポウソウとは聞こえなかった。ウグイス、ヒバリでもなかったです。

いま、朝ドラで「虎と翼」が放映されていますが、戦中、戦後の法曹界のドラマです。

大日本帝国憲法は明治19年から伊藤博文が中心となり、ドイツ人顧問のロエスレルらの助言を得て、明治22年2月11日の紀元節の日発布された。

旧民法はフランス民法を参考にボアソナードが中心となり明治29年公布されたものである。

明治32年6月16日施行された、旧商法はフランス.ドイツの商法を参考に「ロエスレル草案」が原案として制定されたものです。

1947年5月3日施行日本国憲法は、戦後GHQの押し付けの憲法なのだから、改正というと、やたらと反対する勢力があるが、話し合いのテーブルにも就こうとしない輩がいる。

戦後の1947年8月4日最高裁初代長官に就任したのは、三淵忠彦と本で知り、「虎と

翼」の主人公のモデルは三淵嘉子と思い調べたら、三淵忠彦の長男の三淵乾太郎と再婚したと知りました。「虎と翼」とは、「鬼に金棒」と同義語との事です

ドラマの中で、闇米を拒否して栄養失調で餓死した山口良忠(やまぐちよしただ)裁判官のモデルもストリーにありますが、セリフに「法とは、人を死なせるためにあるのではない」、「法とは人を幸せなるためにある」とあるが、考えさせらる。

この「虎と翼」のドラマに、遺言書の家庭裁判所での検認のシーンがあり、配偶者には三分の一の法定相続分があるというセリフがありますが、昭和23年1月1日では、三分の一ですが、昭和37年7月1日から昭和56年1年1日からは配偶者には二分の一、平成13年7月1日からは、非嫡出子の相続分は、嫡出子と同じと時代とともに変遷しています。

戦前は。家督相続といって長男のみ相続権があり、長男の甚六と言って長男は大事にされたものです。家督相続の方が見にくい相続争いはなくなるかもしれません。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を思い出しました。

家庭裁判所の設立、民法の家族法改正、少年法と戦後の事なのです。

法務省のKIDS ROOMでの「法は何のためにあるの?」の定義は、子供の理解のため下記のようになっています。

【法は、もともと、私たちひとりひとりが、お互い個性を認め合い、協力しあいながら生きていくためにルールなのじゃ。

私たちの権利を守り、私たちが守らなければならないことを明らかにすることによって、だれもが自由に活動することができ、生活をより豊かにすることが法なのじゃ。

司法は、たとえて言えば、法が正しく使われるように見張る番人のようなものなのじゃ。

法に基づいてトラベルを公正に解決したり、ルール違反があればそれを正したりすることをとおして、私たちがしあわせに暮らせる社会を支えるのが、司法なのじゃ。わかったかな?】と子供向きに発表しています。

大学院時代の指導教授の渡辺洋三さんから、冗談半分で「法」とはサンズイは水で、去るから成り立っている漢字なのだから、水のように変化して、古いものは去るようなものなのだと、言われたことは忘れことはない。

渡辺洋三さんは、故人となっているが、岩波新書から「法とは何か」という本を出版しているが、改めて読み直すと、この冗談は一言も書いていないが、時代により変化するとの考えは本音だったのです。

日本国の戦争の放棄は日本国憲法第九条によるものですが、ロシアのプーチン大統領が北朝鮮に訪問して、有事の時は同盟関係を結ぶとか、日本の領土の尖閣諸島への領海侵入、韓国の竹島への侵略に対しても防衛権だけでも、日本国憲法第九条(注1参照)の改正をして対抗してもらいたいものです。

自衛隊には、災害時さんざんお世話になっているのに、人殺しの集団という、バカな政治屋を国民は投票していることも憂慮します。

世の中には法では解決できない事が沢山あります。必要悪も沢山あります。

何かいい方法はないかな?必殺仕置き人に頼むかしかないかな。

「法」という、漢字が気になったきっかけは、上野にある東京国立博物館の特別展の「法然と極楽浄土」を見学した時に、「法然」の「法」というものでした。

先日北海道で会った同級生の住職が、わざわざ北海道から、この「法然と極楽浄土」の特別展の見学に行くというので、地元上野の私は優先して、率先して見学してきました。

法然上人が浄土宗を開いてから令和6年(2024年)は850年目にあたります。

「南無阿弥陀仏」と唱えれば、極楽浄土へ往生することが出来るとの浄土宗の教えは、法然上人が生涯をかけて広めた教えです。

法然上人は、美作国(みまさかのくに)、現在の岡山県に生まれ、比叡山に登り、自身の煩悩を断ち切る方法を求め、修行と勉学に励んだとされている。

仏教の三宝とは、聖徳太子が「十七条の憲法」のなかで、「篤く三宝を敬え」とあり、この三宝とは、「仏.法.僧」ですが、仏とは仏陀、法とは仏陀の教え、僧とはそれを信じ実践する人々の集まりの三つです。この場合の「法とは仏陀の教え」です。

「法然と極楽浄土」の特別展を見学した翌日に、野尻湖でキャンプに行き、見学に行ったばかりのときでもあり、夜明けに野鳥の鳴き声で目を覚ましましたが、この野鳥は何かと考えていたら、「ブッポウソウ」という名前が浮かびました。昔の人は仏(ブツ)、法(ポウ)、僧(ソウ)と聞こえたからという説があるので、鳴き声がブツポウソウと聞こえるかと注目していたが、ブツポウソウとは聞こえなかった。ウグイス、ヒバリでもなかったです。

いま、朝ドラで「虎と翼」が放映されていますが、戦中、戦後の法曹界のドラマです。

大日本帝国憲法は明治19年から伊藤博文が中心となり、ドイツ人顧問のロエスレルらの助言を得て、明治22年2月11日の紀元節の日発布された。

旧民法はフランス民法を参考にボアソナードが中心となり明治29年公布されたものである。

明治32年6月16日施行された、旧商法はフランス.ドイツの商法を参考に「ロエスレル草案」が原案として制定されたものです。

1947年5月3日施行日本国憲法は、戦後GHQの押し付けの憲法なのだから、改正というと、やたらと反対する勢力があるが、話し合いのテーブルにも就こうとしない輩がいる。

戦後の1947年8月4日最高裁初代長官に就任したのは、三淵忠彦と本で知り、「虎と

翼」の主人公のモデルは三淵嘉子と思い調べたら、三淵忠彦の長男の三淵乾太郎と再婚したと知りました。「虎と翼」とは、「鬼に金棒」と同義語との事です

ドラマの中で、闇米を拒否して栄養失調で餓死した山口良忠(やまぐちよしただ)裁判官のモデルもストリーにありますが、セリフに「法とは、人を死なせるためにあるのではない」、「法とは人を幸せなるためにある」とあるが、考えさせらる。

この「虎と翼」のドラマに、遺言書の家庭裁判所での検認のシーンがあり、配偶者には三分の一の法定相続分があるというセリフがありますが、昭和23年1月1日では、三分の一ですが、昭和37年7月1日から昭和56年1年1日からは配偶者には二分の一、平成13年7月1日からは、非嫡出子の相続分は、嫡出子と同じと時代とともに変遷しています。

戦前は。家督相続といって長男のみ相続権があり、長男の甚六と言って長男は大事にされたものです。家督相続の方が見にくい相続争いはなくなるかもしれません。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を思い出しました。

家庭裁判所の設立、民法の家族法改正、少年法と戦後の事なのです。

法務省のKIDS ROOMでの「法は何のためにあるの?」の定義は、子供の理解のため下記のようになっています。

【法は、もともと、私たちひとりひとりが、お互い個性を認め合い、協力しあいながら生きていくためにルールなのじゃ。

私たちの権利を守り、私たちが守らなければならないことを明らかにすることによって、だれもが自由に活動することができ、生活をより豊かにすることが法なのじゃ。

司法は、たとえて言えば、法が正しく使われるように見張る番人のようなものなのじゃ。

法に基づいてトラベルを公正に解決したり、ルール違反があればそれを正したりすることをとおして、私たちがしあわせに暮らせる社会を支えるのが、司法なのじゃ。わかったかな?】と子供向きに発表しています。

大学院時代の指導教授の渡辺洋三さんから、冗談半分で「法」とはサンズイは水で、去るから成り立っている漢字なのだから、水のように変化して、古いものは去るようなものなのだと、言われたことは忘れことはない。

渡辺洋三さんは、故人となっているが、岩波新書から「法とは何か」という本を出版しているが、改めて読み直すと、この冗談は一言も書いていないが、時代により変化するとの考えは本音だったのです。

日本国の戦争の放棄は日本国憲法第九条によるものですが、ロシアのプーチン大統領が北朝鮮に訪問して、有事の時は同盟関係を結ぶとか、日本の領土の尖閣諸島への領海侵入、韓国の竹島への侵略に対しても防衛権だけでも、日本国憲法第九条(注1参照)の改正をして対抗してもらいたいものです。

自衛隊には、災害時さんざんお世話になっているのに、人殺しの集団という、バカな政治屋を国民は投票していることも憂慮します。

世の中には法では解決できない事が沢山あります。必要悪も沢山あります。

何かいい方法はないかな?必殺仕置き人に頼むかしかないかな。

税法とは、公法であることも忘れてはいけない。

 私は、税法、民法、会社法、その他の特別法等という法律に拘束されて、仕事をしているのですから、もう少し尊敬をしてくださいよ。

令和6年6月30日

小関勝紀

注1  日本国憲法第九条

【日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。】