令和8年8月26日に渋谷のパルコ劇場で、三谷幸喜作の「AMERICAN DREAM」という舞台を観劇してきました。

ハリウッドの赤狩りが題材ですが、1940年代後半から1950年代にかけて、アメリカの映画界で共産主義者とみなされた映画人が弾圧・追放されるという事件ですが、その取り調べのシーンが演技される場面です。

著名な映画人では、チャツプリンは、アメリカから亡命したことは有名です。

アメリカ合衆国での中間選挙の、共和党のトランプ大統領が演説で盛んに、民主党を「共産主義」という言葉を使い相手政党を批判しています。相手の民主党は「民主社会主義」と反論している。

第二次世界大戦後の1945年、イギリスの労働党が掲げた社会福祉政策のスローガンの「ゆりかごから墓場まで」は有名ですが、平和で平等な世の中であることを願ってやまない。

ただ、高福祉、高負担であればよいのですが、日本は高負担、低負担という不平等感はあります。

戦後は、日本も韓国も共産主義国になるくらいの共産主義が蔓延っていたと言われています。

日本でも私の学生時代でも、「マルクス経済学」が主流で「近代経済学」の授業がない時代でした。

戦後の日本は、ダクラス・マッカーサー指揮いるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指令と日本政府の主導によって行われた、日本共産党員やそのシンパに対して公職追放・解雇措置により大学教授、労働組合員等は日本橋久松町の収容所に監禁されたという事も聞きました。

戦後の冷戦の激化、中国での共産主義政権の成立で、韓国は全土が共産主義に席巻されていたが、朝鮮戦争の勃発でGHQが38度線まで追い払い現在の南北と分割したのです。

皮肉にもこの朝鮮戦争による朝鮮特需で日本経済は軌道に乗ったのも事実です。

日本では、死の商人で鉄の製造が追いつかず、鉄の需要が間に合わなくて、古鉄を取り扱う「雑品屋」があって経済特需であったことを私も子供心に知っています。

ポツダム宣言時、日本の北海道はソ連領土になる予定であったが、シベリア抑留者のインテリな一部の人を、共産主義思想のオルグ活動のために叩き込み、北海道の小樽市に「共産党本部」を設置する条件で、北海道はソ連領土にならなかったという取引があったという事です。

共産主義者(コミュニスト)はインテリジェントであるかのように上から目線で立ち振る舞う傾向は日本の国会の演説からも解るように、結局は口先だけのインチキゲンチャという労働者貴族と私は思っています。社会主義国は現在の世界の国をみるとトップは独裁者となってしまっています。

労働者の味方というなら、揚げ足取りばかりでなく自分自身も、もっと働いたら本当に労働者の気持ちがわかるのではないでしょうか。改正でなく改悪、搾取、革命というセリフは決まっています。

何で共産主義の象徴が「赤」であるかは、赤色が「革命」や「労働者の血」を表すシンボルとして、18世紀のフランス革命期に赤旗を掲げたことによるとあります。

還暦祝いに赤いパンツをいただいたが、日本では古くから赤色は邪気を払い、災いを退ける強い力(魔除け・厄除け)があると信じられている。

赤は太陽の火、そして生命の根源である「血液」を象徴する色であるからさらに顔が赤くなるくらい頑張ります。

令和8年7月10日金曜日に40周年パーティーを上野精養軒で開催いたしましたが、50周年を目指して88歳の米寿と同時にパーティーが開催できるように心がけます。

令和8年8月31日

8月15日土曜日札幌競馬場5Rでの新馬戦で、「ジオパークカッキ号」が優勝しました。

馬ばかり走らせないで、私も88歳の50周年を目指して頑張り走り続けます。 走り続けていいパスがきますように。

小関勝紀