今年もプロ野球のオールスターゲームも終わり、これから高校野球大会が始まりますが、この夏の暑いなか選手、関係者、応援団と国民大移動する夏です。
子供の頃は、野球よりも海、山、川と沢山の自然の遊びがあり、砂浜で野球、ソフトボールを三角ベースで遊ぶ程度でした。
小学4年生頃に、西鉄と巨人の日本シリーズをラジオで聞いていたら、毎日西鉄の稲生和久というピッチャーが毎日毎日連投で投げていて、7戦目で逆転ホームランまで打ち西鉄は優勝しました。
それで稲生和久は神様、仏様、稲生様といわれるようになりました。
高校時代は、帰宅部でしたが、自然愛好会というところに属し近所の、山、川、海での遊びで特に冬山の山岳は大変でした。
いつも、日曜日に税理士試験の勉強していた友人と、運動もしなければ体が鈍ると二人でキャチボールをして遊んでいたり、友人に高校時代は野球部という人もいたりして、草野球チームを作ることとなりユニホームまで作り、チーム名もドルフィンと名付けました。
私はたぶん、野山を駆けめぐり、海の潜り、泳ぎ、家の手伝いでの薪割りと自然に体力がついていたのではないかと思うくらい、元野球部とは違い走って、投て、打って、優れていることに気が付きました。
他の草野球チームのユニホームが五着あるくらい、試合になると引っ張りだこでした。
この時、トリプルアウトを取ったこと、東京ドームで全国草野球に出場して名前がボードに掲示されたことと思い出します。
他の草野球チームでは、私のニックネームが「火の玉小僧」と付けられるくらい多分走って、打って、投げてと活躍しました。
トリプルアウトとは、一人でスリーアウトを取ることですが、セカンドの守備について、ランナーはフルベースで、ライナー性の当たりを飛びついて捕球して打者はアウト、ランナーが一塁、二塁ともベースを離れていたので二塁はベースアウト、一塁は投球アウトをとりました。
野球のルールは、初めて見る人は難解で、アウトもホースアウト、タッチアウト、スローアウトと状況判断が瞬時に要求されます。
最初一回目の足の肉離れは、四球で一塁に歩いていた途中で経験していました。
二回目、最終回のビハインドのツーアウト、走者一塁、二塁でヒットを打って一塁に走っている途中の肉離れで一塁ベースに届かず、走者の二人はホームベースを踏んでいるので、私が一塁に這ってでもついていれば逆転、サヨナラのヒローだったのですが残念でした。
一塁の途中でまた肉離れを起こし蹲(うずくま)ったのもで、チームメンバーが心臓発作を起こしたとベンチから出てきたが、肉離れとわかり笑い話ですみました。
この後に、肉離れの足にコールドスプレー(冷却スプレー)を直接かけたら、凍傷(トウショウ)による火傷となり、ここで「トウショウボーイ」(名馬の名)と自分でつけて大笑い、その後日、クライアントの整形外科に治療に行ったら、凍傷のやけどを直すのが先です言われました。
帰りの車は、右足でもあり自分の運転で帰ることが出来ましたが、自宅に帰り近所の病院に行くのに松葉杖がなければ行けず購入するために模索していましたが、病院に行かなければ借りることが出来ない事を始めて知りました。
車椅子をベンツの停っていた駐車場まで病院の職員にもってきてもらい車椅子を押してもらい、帰りは松葉杖で帰りました。
この時の自家用車のベンツがS600という反社会人が乗っているような、前後のドアーにスモークがある、改造車で外から社内は見えないが、見られているのが、車の中からはわかる仕様でした。
夏甲子園の高校野球で、北海道の駒大苫小牧の優勝決定戦をベンツのテレビで集中して見ていたので、妻が治療代を支払っても車に帰ってこないことをすっかり忘れ、電話したら、私が仕事に行くと思って先に歩いて帰っているのです。いくら「仕事の鬼」といっても車椅子、松葉杖の状態で行くわけはありません。
このベンツを運転していて警察の検問を受けたら金属バット、ゴルフクラブがトランクに入っており、反社会でない事を証明するようなベンツです。
野球を本格的にやっていなかったのでブロックサイン、振り逃げ、インフィールドフライ、ボーク、643のゲツーとかの詳細なルールはわからないでプレーをしていました。
スライデングは、肉離れ、捻挫が怖いのでプレーではしません。
40歳頃に千葉県税理士会の試合での税理士会松戸支部ではソフトボールでの優勝投手、四番バッターでのランニングホームランで走り回り、トーナメントの一日四試合が終わったときは、疲労困憊、足も肩もガタガタとなりました。初めてのエースの四番です。
野球人生の終わりはライトの八番のライパチでした。私はボーンヘッド(凡ミス)にも負けず、まだゲームセットではありません。
令和8年7月31日
小関勝紀

