私が監事をしている公益法人の、研修会に毎回参加していますが、タイトルが宇宙のビックバン、量子コンピューター、量子力学とか、「電子」、「陽電子」、「素粒子」、「量子」という言葉が飛び交うのですが、理解できないことが気になっていました。
研修会の講師が、宇宙、量子とかのタイトルですが村山 斉さん、野村泰紀さんで、よくテレビ出演しているご両人です。
この公益法人は、ニュートリノ観測装置「スーパー・カミオカンデ」を装置したノーベル賞受賞者の小柴昌俊さんとも親交があり、受賞祝いを開催した公益法人でもあります。
今の活動は、主にILC(国際リニアコライダー)の実験場を岩手県に建設して138億年前に起きた大爆発の「ビックバン」宇宙誕生の直後の状態を再現し、素粒子の謎に迫るという目的のため建設誘致をするもなかなか国の予算が降りず難儀しております。
Googleで量子のことを復習しようと思いスマホをいじっていたら、「量子もつれ」(注1)という単語が出てきて、「量子」という有名人の奥様の名前の方がいたので何か離婚、トラブルでもあったのかと、すごい勘違いをして、人に話さないでよかったと思わず苦笑いしました。
「りょうこ」という人の名前ではなく、「りょうし」の話です。
アルベルト・アインシュタインが、東洋思想には物理では解けない何かがあると船旅で日本を訪問して(注2)、1905年にあの相対性理論を発表したが来日後に確信したという逸話は、何かで聞いたことがありました。
相対性理論とは、「時間」と「空間」の基準は絶対ではなく、見る人や状況よって変わる。重力とは時間と空間がと歪(から)むことによって起きる現象であるという説です。
仏教は量子力学を2500年前に証明していたという内容の話を聞いたり見たりしています。
ブッダの経典の般若心経の悟りが2026年現在の量子力学と合致しているということを唱える人が多く存在しています。
ブッタの阿弥陀仏の智慧と慈悲の働きを12種類の光(注3)に分けて表したもののうち三番目の無礙光がニュートリノと一致するという説です。
仏教の経典、仏説魔訶般若波羅蜜多心経(ぶつせつまかはんにゃはらみったしんぎょう)「略して般若心経(はんにゃしんきょう)」にある、色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)とはこの世に形のあるものは(色)に絶対的な実体はなく(空)、実体がないからこそ様々な姿や現象として存在できる(空即是色)という意味です。
空海は般若心経でこの色即是空を説いて、現在の物理と同じ宇宙の節理を説いています。
空海は、讃岐で生まれで本名は佐伯直 真魚(さえきあたい まお)といいますが、室戸岬の御厨人窟(みくろど)と神明窟(しんめいくつ)で壇を築き修行して、空と海ばかりを見ていたので「空海」と名付けたという説があるが、色即是空、空即是色の「空」を取ったのでないかと思ったりしています。
今回のテーマは、私も決して理解して文章にしているわけでなく、「宙に浮く」テーマで、頭はもつれもつれです。
(注1)
量子もつれとは、二つの小さな粒子がまるで双子のように深く結びつき、一方を調べると、どんなに離れていても、もう一方の状態が瞬時に決まる不思議な現象
(注2)
1922年(大正11年)にドイッでのテロやユダヤ人排除運動の激化もあり、日本の出版社「改造社」から高額な報酬・旅費の提供を快諾して、日本郵船の北野丸でフランスのマルセイユを出港して一か月以上の船旅で神戸港に到着し、日本各地で講演活動をした。
この船に乗り合わせた日本人で、アインシュタインを診察して交友が始った外科医の三宅 速と妻が岡山の空襲で亡くなった後に、アインシュタインが送った墓誌が徳島県美馬市の光泉寺にあり、追悼の言葉に「彼らは共に人類の幸せのために尽くし、そして、共にその人類の過ちの犠牲になって逝った。」と戦争の罪深さは、アインシュタインらがアメリカ大統領に開発を進言した原爆にあると意味深い言葉です。
(注3)12の光
1.無量光(むりょうこう) 量ることも出来ないほど、過去、現在、未来にわたる光
2.無辺光(むへんこう) 空間の隅々まで行きわたる、限りない光
3.無礙光(むげこう) 何物にも妨げられることのない光
4.無対光(むたいこう) 比べものがないほど尊い光
5.燄王光(えんおうこう) 最も優れた、まばゆい輝きの光
6.清浄光(しょうじょうこう) 人の貪りの心を清める光
7.歓喜光(かんぎこう) 怒りを除き、喜びを与える光
8.智慧光(ちえこう) 迷いを取り除き、智慧を授ける光
9.不断光(ふだんこう) 絶えることなく常に照らし続ける光
10.難思光(なんしこう) 人間の心では思いはかることができない不思議な光
11.無称光(むしょうこう) 言葉ではその功徳を言い尽くせない光
12.超日月光(ちょうじつげつこう) 太陽や月の光よりも勝る、明るく照らす光
令和8年6月30日
小関勝紀

