彼岸(ひがん)と浄土(じょうど)は同義語で、その反対語の此岸(しがん)と同義語は穢土(えど)と以前に知りました。英語に置き換えると浄土は彼岸でTHEREと穢土は此岸でHERE、この世とあの世という位置づけかもしれません。

此岸は東、彼岸は西に極楽浄土という西方浄土があると言われる。お彼岸には日は、一年で真東から昇り、真西に沈むので、春分の日と秋分の日に先祖供養、仏法を学ぶ日とされている。春分の日には、牡丹の花が咲く頃なのでぼた餅、秋分の日には萩の花が咲く頃なのでおはぎといわれます。

此岸から彼岸を渡らなければならない三途の川がありますが、108の煩悩を払い、修行をして苦難をのりこえなければならない。

AIによる回答は、迷いの世界=此岸にいる私たちが、悟りの世界=彼岸へ到達できるように、自身の心と行いを整える日本独自の文化とあります。また、ご先祖様への感謝と供養を行う期間で、お墓参り、仏壇の掃除・供え物を行い、六波羅蜜(注1)という修行して感謝して穏やかに過ごす日とされている、とありました。

徳川家康の旗印が「欣求浄土(ごんぐうじょうど)、厭離穢土(おんりえど」ですが、荒れ果てた、葦原(あしわら)の土地を与えられた時に穢土を江戸として、京都を浄土と見なして、この穢(けが)れた土地を離れたいと願っての旗印との事です。

穢土の当て字が江戸ですから穢れた地名ということになります。東京という地名は、東の京都として名付けた地名です。

江戸っ子は、吉原という地名としたのは葦原では悪しき事とつながるので、またスルメはアタリメとしたのは、人生にスル事を嫌った呼び方との事です。

4月8日は、お釈迦様の誕生日ですが、江戸っ子は「ひ」を「し」と発音することから、焼き物が火が強すぎてうまく出来上がらないと廃棄することを「おしゃかにする=お釈迦」といいますが、「しがつよすぎた=火が強過ぎた」の4月8日から言われているとのことです。

東海道五十三次は、江戸から京都へ菩薩には五十二位といい五十二の段階を修行して五十三を目指して、その菩薩が歩む道であり、仏に成る方法が、「六波羅蜜行」であり、五十三番が浄土として、穢土の穢れた江戸を離れ、浄土の京都を目指すために作られたものです。

駅伝の発祥(注2)は、江戸と京都の三条大橋から上野の不忍池までを東海道五十三次を繋げたものです。駅伝の進路は徳川家康の意思とは、逆の京都から東京ですが、遷都は京都から東京なので、この進路でよかったのかな。

暑さ寒さも彼岸までは気候の話ですが、喉元過ぎれば熱さを忘れずとならないように、熱さを経験しないように用意周到にしなければいけません。

志願は毎日合掌。


(注1)
六波羅蜜
大乗仏教で迷いの世界(此岸)から悟りの世界(彼岸)へ渡るための6つの修行は「布施、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進、禅定、智慧(ちえ)」です。

(注2)
「駅伝の歴史ここに始まる」
我が国、最初の駅伝は、遷都五十周年記念大博覧会「東海道駅伝徒歩競争」が大正6(1917)年4月27、27、29日の三日間にわたり開催された。
スタートは、京都・三条大橋、ゴールは、ここ東京・上野不忍池の博覧会正面玄関であった。


令和8年3月30日
小関勝紀